一番町建築夜話 第1回 近藤哲雄「今考えていること」
開始時間の18時30分をまわり、レクチャーが開始。
はじめのスライドは「にわのある家」。周辺は閑静な住宅街。背後には広大な林が広がる環境だ。正面のファサードには、大きな二つの開口
が存在する。この開口がこの住宅の核となる「にわ」である。プランは一般的な田の字型から展開され、各部屋が必ず外に面し、さらにスキッ
プフロアにより部屋同士がつながりつつ、正面に2つ、裏手に1つの全
部で3つの庭と共に、曖昧な関係を作り上げている。部屋の窓から切り
取られた裏手の林
が、さながら部屋の一部として共有されていた。
次にテーブルのプロダクトの案。イメージスライドに、レース模様の儚げなテーブルが映し出される。編み込まれた素材は実は非常に強度の
高いカーボン繊維であり、細いカー
ボンのレースを樹脂で固めることで、繊細だが強固な構造へと変えている。通常の板状になるカーボンの編
み方ではなく、自由で美しい形状、素材と構造の可能性に挑戦しており、非常に興味深かった。
おにぎり屋の店舗のコンペ案。先述のテーブルの応用とも言える案だ。透明な岩のようなヴォリュームをカーボンで支える。構造の強弱に対
し、カーボン繊維の疎密さが対応している。印象的な模様、変化する形態が内と外に応え、それぞれを繋ぐ重要なファクターとなっていた。儚さ
を持つ外観の中に、構造の力強さが確かに存在していた。
次に映し出されたのは、なんと鏡のデザインである。建築家が鏡のデザインをするというのはあまり聞いたことが無く、その意外性に驚かされ
た。その鏡は、正面以外の角度からは映りづらく、斜めから見ると角度により輝きが鈍くなり、映る場所と映らない場所が出来上がる。映り方の
違いから、空間に変化が生じエリアのようなものが現れてくることを狙ったデザインであった。
北の創作椅子展のコンペ案では、北海道の草原に、イスの並べ方や配置により、風景に影響を与えるという案である。氏の語る「ひよこ饅頭
のような」イスは、確かにひよこのように列を成して並んだり、輪になっていたり、生物的な印象だ。しかし、見る角度や配置された方向により、
純粋なイスとしての側面も見せる。イスとしての存在感や生物的な印象が、 微細な変化により現れたり消えたりする不思議な感覚を与える案
であった。
金沢21世紀美術館のインフォメーションラウンジの設計では、風景のコンペ案が実際の空間に生かされたものであろう。空間を仕切らずに、
場所の違いを生むというコンセプトを基に、館内の一部にゆるい勾配の床が現れた。角度によっては、目で見ても確認し辛い位の勾配だが、
人が踏みしめることで確かにそれを感じることが出来る。柔らかな素材で覆われていることで、感覚はさらに多様に変化する。その変化から、
訪れる人に自然なエリア感覚を与える。
最後は、ヴェネチア・ビエンナーレでのインスタレーシン「Cloudscapes」。古い工場の広大な空間の真ん中に、雲を発生させる。空間上下
の温度差、湿度差を緻密にコントロールし、さらにそこに来場者が加わることで、状況や時間により雲の濃さが変化していく。雲の高さをめぐる
スロープを同時にデザインすることで、雲の中を歩き、雲の上に浮かぶような未知の体験と広い空間を身近に感覚させながら、かつ来場者の
感覚を新しいものへと広げて行くという試みである。
レクチャーを通して一貫して感じたのは、近藤氏の「エリア」に対する考え方や感覚であった。人によって変わる体感の違いの中に、建築行為
は存在すると氏は語った。スキップフロアの僅かな段差や、ラウンジスペースの床の勾配、鏡の反射の違いなど、些細な状況が、日常の空間
に小さな変化を与え、人や自然に呼応した見えない「エリア」を生成するのではないかと自分は感じた。
スライドレクチャー後の質疑応答は、学生からの質問が多かった。質問に対しその都度、考えながらゆっくりと語るその姿はタイトルである
「今考えていること」という姿そのものに感じた。様々なプロジェクトに取り組みながら、目指す答えはまだ模索している、しかし、確実に考えなが
ら進んでいるという純粋な姿勢だ。
先述の小さな変化に対して呼応させるということは、近藤氏の視点が他の人とは全く違うからということではないように思う。むしろ普段誰もが
感じているが言葉として発することはない、状況への純粋な気づきがもたらすものではないだろうか。それは、近藤氏の気取らない語り口や姿
勢に表れていた。人に与える純粋な感覚、自分はこれを「わかりやすさ」と捉える。普段は気がつかない「わかりやすさ」、それを実感させられた
レクチャーであった。 (佐藤渓)